TOKYO STYLE 2 KOREA

震災から5年、あの時僕が帰らなかった理由は 본문

日本と韓国 (日本語)

震災から5年、あの時僕が帰らなかった理由は

Hong Kyu David Park 2016. 3. 13. 16:50

3月11日はみなさんご存知の東日本大震災の日である。

すでに5年が経った今でも、被災地の復興であったり、未だ多くの方々が仮設住宅での生活を余儀なくされたり

未だ解決しなければならない問題が山積みになっている。



そんな中でももっとも解決が進んでないのが原発問題であることは間違いなく事実であろう。

地震が起きて3日が経った3月14日

福島第一原発が水素爆発を起こし、次々とメルトダウン状態に陥ってしまっていってた。


それを恐れ、日本に在住していた多くの外国人の帰国ラッシュが続いていた。

僕の周りでも一時帰国したり、その道で日本に帰ってこなかった外国人の友達がたくさんいる。
まあ、こればかりは外国人の立場からしたらどうしようもなかったことと言えるだろう。

自分も震災後、しばらくは家族や友達に地元へ帰ってくるように言われ続けていた覚えがある。
しかし、なぜだか自分に帰るという選択は1mmもなかったのである。

正直に言わせてもらうと、心配がなかったわけではない。
原発の問題もそうだが、スーパーにいっても食料がない。
これまで、地震のない国で育ったため、非常食なんて持ってたりしない。
その他にも仕事がいつ再開するかわからない。
学校も始業式が遅れてしまっている等々。
先が見えない、何もやることができない。
そういう状況の中、不安を覚えてたのは確かであった。

別に意地張ってるつもりではなかったが、俺が地元に帰らなかった理由はこれだった


「今自分が帰国してしまうと、

自分の周りに、日本って本当に危ないんだなって心配をかけてしまう

そうすると、自分の全てをかけてやってきた

大好きなこの国にもう戻れなくなるかもしれない」


たしかに原発のことに関しては今でも考えなければならない問題がたくさんあるのは事実である。
空気や汚染水問題であったり、それに伴う食の安全の問題であったり
何よりもその真実が今でも報道されないということだったり。

しかし、考えて考えた末に私はこの国で全てをやりきることにしたのである。
震災当時22歳、大学2年生になろうとしていた時だった。
よくもわるくも自分がやっていることをこの国で終わらせるまでには
そう簡単に帰ることはできないと。
そう思ってたのだ。

あれから5年。
昨年は、家庭事情や自分のことも色々とあり、9ヶ月間帰国したが
今はまたこうやって日本で新たなスタートを切っている。

当時、自分を含め、日本に在住する多くの外国人は
苦しい選択に迫られていたと思う。

俺はこの国に残る選択をした。
そして今でもこの国に居続けている。
ましてや結婚も間近で、新しい家族を迎え入れようとしている。

色々な外国人が様々な選択をしたと思うが
僕は自分の選択に1mmも後悔したことがない。

これからも自分の青春のすべてを過ごした
この国のためのことがしたいと思うこの頃である。


Comments