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TOKYO STYLE 2 KOREA
나는 아직도 일본에서 가장 활기 넘치는 거리는 하라주쿠라고 믿고 있다. 요즘에는 자주는 못가지만3년전만해도 직장이 하라주쿠에 있었기에 거의 매일 같이 다녔었던게마치 엊그제 같이 느껴진다. 패럴 윌리엄스의 해피는 하라주쿠에 정말 잘 어울리는 곡이다.
この話を一旦し始めると本当にきりがない。連載ところかもはや本まで書けるレベルだからね。 だがしかし、簡単にまとめると3年前の大震災による原発事故はもはや自然災害ではなく、人災であることは皆が認めてる。そして今になっては責任論について活発に話せるようになった。 しかし俺の観点は違う。責任論はもう無意味なものである。原発は誰かの責任ではなく、我々全ての人々によるものである。その責任というのは東電でもあり、当時の政権だった民主党でもあり、原発を推進してきて、今もその政策を続けている自民党にもありそして、無知な我々にもある。 誰かに全てを責任を問うて解決できるものではなくなってきたのだ。 これからできることは難しいようであるが、極めて簡単でもある。政治家は国を考えた原発政策を、東電は消費者の安全を第一に考えた企業体制をそして我々は今まで水のように使い果たしていた電気の使い道の見直しを考える必要..
4月23日 水曜 日本政策学校にて家入さんの講演会 「政界におけるインターネットの可能性」 都知事選が行われることを知って1000RTで出ると宣言1000RTは達成したものの、決断までぎりぎりまで時間がかかる 候補者の中で本人を除き、一番若い人でも50代30~40代で出る人がなく、出ることを決心出馬までの手続きはそこまで大変なことではない 堀江さんの供託金(300万)を借り、出馬が決定第一声はiPhoneでのツイキャスの写真 街頭演説はしない方針を決める➡上から偉そうにしゃべるのが嫌だった従来の選挙のやり方が嫌だったし、あまりわからなかったネットを使えば、時間の制約も無く、24時間自由に使えるので、ネットを中心に動く双方向というネットの長所を利用し、選挙や政治への興味をもたらす最初は政策を全くもたず、ネットの双方向性を使い、皆に政策を作ってもらう 家入さんの出馬で引きこもってた若い人た..
도쿄에서 사쿠라가 유명한 곳이라고 하면요요기 공원(代々木公園)과 나카메구로(中目黒)를 떠올리시는 분 많으실텐데요 제가 추천 하는곳은 JR 소부선의 이이다바시(飯田橋)-이치가야(市ヶ谷) 사이에 있는소토보리도오리(外堀通り)의 거리 입니다. 벌써 사쿠라의 꽃잎은 떨어져 가고 있지만한번쯤은 산책해 보시는건 어떨까요? ^^
このテーマについてちゃんと書こうとすれば本も出せるくらいだが、ここはあくまでブログなので短編でわかりやすく書きます。 今や誰もが聞きなれている「クールジャパン」という言葉 俺は勝手ながら、少なくとも「アニメ」や「洋服」におけるクールジャパンは韓国で一番最初に流行ってたという自信がある。 私の親はマジンガーZを見て育ち、私はポケモンを見て育った世代である。洋服に関して私が高校時代に流行のトレンドは「ニッポンスタイル」であった。そのような文化の輸入について人々に嫌だと思う人は、少なくとも私の周りにはいなかった。そういったクールジャパンは身近なものであり、日本でのイメージをよりよくするものであったのだ。 韓流も趣旨は変わらない。クールジャパンにおいてアニメ、ファッションがコンテンツであることと同様で韓流におけるコンテンツはエンタテインメントであるのだ。売りがエンタテインメントである以上、マス..
クリミア半島における問題が長期化してる中、つい先ほど、クリミア半島での住民投票の結果が発表された。ロシアへの編入に賛成する人がなんと95%。 ロシア系の住民が6割ほどいるということから考えても驚くべき数字であることは間違いないだろう。これで少なくともロシアに編入されるのはないとはいえ、クリミア半島の暫定政府が、ちゃんとした自治体になることは予想される。 これに対してはG8の会議で、住民投票を認めない決議の投票が行われたものの中国の棄権そして、ロシアの反対により、成立にはならなかった。 欧米はロシアへ対する制裁を強化する意向を示しており、ロシアのG8からの追放も可能であるという話が報道されてる中日本政府は、最近前向きに進んでる日露関係を意識し、深く関わることを避けようとする動きを見せている。 そんな中、私見を言わせてもらうと、まず結論、アメリカもロシアも支持ができないということだ。 クリ..
2011年3月11日の東日本大震災から明日で3年が経つ。今も震災の記憶は私の中では忘れられない。 都内で仕事してた自分は同じ日本の中でこういうことが起こってるとは信じられなかった。ニュースで見るこの光景で自分の目を疑ってしまっていた。 まだ大学1年であった自分日本語学校時代の友達や、大学で知り合った外国人の友達の多くが帰国の道を選んだ。そしてそのまま日本に戻ることのなくなった子がたくさんいる。 自分も震災当日からしばらくの間、家族や親戚、友人から帰国を促すような連絡をもらっていたのだ。しかし俺の仲では最初から帰国という選択は無かった。それはなぜだったのか。 彼らはきっと自分のことを心配してくれてたなと思う。第2の地震が起きる恐れはもちろんのことであったが、何より原発事故によるものが大きかった。 俺はその時思った。本当は自分が知らないものがたくさんある。そして俺があまりにも軽く見ているか..
「新韓、親日、嫌韓、嫌日、用韓、用日」 全て最近のマスコミが好き勝手に作り出して使いまくってる言葉しかし俺からしたらまさにどうでもいい言葉である。 これからの両国の関係を築いていくにあたり最も重要なのは、これまでに語ってきた理論的な話から抜け出し新しいメディアの活用、そしてリアルの世界で広げられる活動を通した根本的な関係構築であることだからである。 上記の言葉で俺が最も嫌いな言葉は「新韓、親日」 それって結局「あ、そうなんだ。お前俺のこと好きなんだ」くらいの言葉で要するに、自分のことが大好きないわゆる「ナルシスト」に過ぎないこと。 「新韓、親日」ではなく世界の中で、両国がどれだけの影響力を与えていけるかというのを考えるべく、既存の世代で成し遂げたことを若い世代を中心にやっていかなければいけないと思ってる。 だからこれからはこのようにブログを通じてある時は実際の現場に足を運び、両国の関係..